福井県とはどんな県?
・日本地図の何処かわからない
・裏日本とか呼ばれていた
・知名度47都道府県下位ランク
・観光魅力度40位
など。良くないですね。暗い。いい所って?
・食い物うまい→ただし、素材が抜群だけど独自の食文化(長崎でいう卓袱料理とか)は無い
・幸福度ランキングNO.1
・全国学力(学生)上位レベル
てな感じ。まぁ”これっ!”という物がない。強いて言えば最近の新聞を賑わせている高速増殖炉「もんじゅ」があります。原発銀座なんて呼ばれてますね。ただね、原発銀座があるのは福井でも敦賀市よりも南に位置していて、福井県では嶺南(れいなん)地方と呼ばれます。福井市は嶺北地方です。
そもそも福井県っていつできたのか?
廃藩置県になる前までは、越前国(福井市近辺でしょうかね)、若狭国と藩が違いましたね。戦国時代とか一乗谷朝倉氏とかの話までは遡りません。
1.最初は、福井県と敦賀県。要するに嶺南・嶺北で違う県だったんですね。
2.福井県は足羽県(あすわ)に改称
3.足羽県は結局、敦賀県に編入
4.木ノ芽峠(嶺南と嶺北を分ける峠)で敦賀県を滋賀県、旧足羽県を石川県に編入
5.結局、滋賀県・石川県も元の敦賀県、足羽県を分離。今の福井県になる
という歴史。紛争があったわけでも何でもなく、政治でくっつけたり分けたりした様子。これだけの歴史に驚きですけどね。
まあ、これだけの歴史があるので魅力的な県に思えるんですけどね。徳川家や柴田家との繋がりも深いし。佐々木小次郎は一乗谷で修行していたし・・・・
経済は発展するわけです。昭和初期の戦前まで。農業や漁業も盛んでしたが、産業はなんといっても繊維。戦前は繊維やら軍需産業もたくさんあったのでしょう。このまま発展していれば今の福井の姿にはならなかったのでしょうけれども。
1.福井空襲に見舞われる
昭和20年7月の終戦間際に、地方都市としては全国トップクラスの被害。B-29(米国爆撃機)が127機も飛来したそうです。福井市街の損壊率は80%を超え大きな打撃を受けました。直接の死者は1500名余りだったそうです。この時に大半の史跡を失ってしまったのですね。残念な事です。
2.戦後まもなく大地震に見舞われる
平成23年6月(戦後ほぼ3年)。復興の兆しが見えていたはずであるこの年に、福井県は大震災に見舞われます。活断層が動いたそうです。福井市は記録によると震度6。この地震で、3800名の命が失われました。記憶に新しい、東日本大震災・阪神淡路大震災の死者に次いで3番目の死者数です。この事からわかるように当時では大災害だったのです。
※地震の爪痕も減ってきているということですが、福井城址(いまの県庁)の天守閣跡に液状化して地中に沈んでいる石積みを見ることができます。
こんな大事があったから、戦後は大変だったのでしょう。だから古い町並みが殆どなく、建物は昭和以降のものです。
そんなこんなが、今の福井の始まりです
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