ども。
福井県とは?
漠然とした質問です。2014年の福井県の都道府県魅力度ランキングは45位です(笑)。全部で47都道府県ですから、下に二つしか無いのです(笑々)。群馬県(46位)、茨城県(47位で2連覇)。前任地の長崎県が10位ですから、トンでもないッス。ローカルテレビで「もうこれ以下が無いので」と群馬・茨城に対する誹謗とも取れる発言をするぐらい余裕の発言。ヤバイですよ。群馬は富岡製糸場の世界遺産登録が昨年6月だったので巻き返すだろうし、茨城(いばらき。”ぎ”じゃないですよ)だって、名所旧跡が沢山あるし侮れないです。
福井県は廃藩置県前の「越前国(えちぜんのくに)」と「敦賀国(つるがのくに)」から成っています。現在は、越前国のほうは「嶺北(れいほく」、敦賀国のほうが「嶺南(れいなん)」と呼ばれています。まぁ、この二つが簡単に福井県になったのではなく以下の順番で福井県になったのです。
①江戸時代
「越前国」「敦賀国」
②廃藩置県(明治時代。教科書で習ったでしょ?)
敦賀国は、ほぼ「敦賀県」になりました。越前国は一旦は「福井県」となったものの、発足1ヶ月後に「足羽県(あすわけん)」と改称(統合?)。
③明治6年ごろ
足羽県は敦賀県と統合し「敦賀県」に!
④一旦、敦賀県が消滅!!
明治9年には、現在の嶺北部分が「石川県」に!。現在の敦賀や若狭のあたりは「滋賀県」になった(初めて知った)
⑤福井県誕生
明治14年に現在の「かたち」になったそうな・・・・・・
嘘のような本当の話ですが、旧滋賀県に当たる嶺南地域の方々は「関西弁」でお話します。マジです。嶺北地域の方は独特のイントネーションの”福井弁”で話します。「あのぉぉ~」と言うやすです(馬鹿にしている訳ではありません)
このように国(県)のかたちが形成されたのです。
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戦国時代~江戸時代の話は、難しい(勉強中)ので興味のある方は是非お調べください。キーワードは織田信長・朝倉義景・柴田勝家・徳川家康(松平家)。日本の国を作るほどの戦いや確執のあった歴史深い県なのです。
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